なんか毎日が空虚と感じているあなたへ
朝起きて、仕事に行って、帰ってきて寝る。
その繰り返しの中で、ふと「私は何をやってるんだろう?」と思うことはありませんか?
SNSで他人の投稿を見て「みんな充実してるなあ」と思ったり、将来のことを考えて漠然とした不安を感じたり…。
忙しく過ごしているはずなのに、なぜか心の奥に空虚感がある。
「本当の自分って何だろう?」「自分らしく生きるってどういうこと?」
そんなことを考えたことがある人は多いのではないでしょうか。
今日は、20世紀最大の哲学者の一人、マルティン・ハイデガーの思想を通して、これらの疑問について一緒に考えてみたいと思います。
彼の考え方は少し難しいところもありますが、現代を生きる私たちにとって、きっと大きなヒントになるはずです。
ハイデガーってどんな人?
マルティン・ハイデガー(1889-1976)は、ドイツの小さな田舎町メスキルヒで生まれました。
父親は教会の管理人、母親は農家の出身という、決して裕福ではない家庭でした。
幼い頃のハイデガーは、森や山に囲まれた自然の中で育ちました。
この体験が後に彼の哲学に大きな影響を与えることになります。
「人間と自然の関係」「故郷への思い」「大地に根ざした生活」といったテーマは、彼の思想の中心にあり続けました。
最初は神学(宗教学)を学んでいましたが、やがて哲学そのものの魅力に取りつかれ、「存在とは何か?」という根本的な問いを追求するようになりました。
複雑な人間性
ハイデガーは天才的な哲学者でしたが、人間としては複雑で矛盾を抱えた人でもありました。
一時期ナチスに協力したという暗い過去があり、この点については現在でも厳しく批判されています。
また、恋愛関係でも多くの問題を起こし、結婚していたにも関わらず教え子のハンナ・アーレントと不倫関係になったことも有名です。
「哲学は素晴らしいけれど、人間性には問題があった」というのが、多くの人のハイデガーに対する率直な評価かもしれません。
でも、だからこそ彼の哲学には、完璧ではない人間の等身大の悩みや葛藤が反映されているとも言えるでしょう。
「存在」への問い
ハイデガーが生涯をかけて追求したのは「存在とは何か?」という問いでした。
「この机がある」「あの人がいる」「私が存在する」…私たちは普段、何気なく「存在」という言葉を使っていますが、よく考えてみると「存在するってどういうことなの?」という疑問が湧いてきます。
この疑問こそが、ハイデガーの哲学の出発点でした。
世間に流されることの危険性
「世人(Das Man)」- みんなと同じことをする危険
ハイデガーは、現代人の大きな問題として「世人(せじん)」という概念を提示しました。
これは「みんながやっているから」「世間の常識だから」という理由で、深く考えずに行動してしまう状態のことです。
例えば、こんな場面に心当たりはありませんか?
- みんながやっているSNSだから、なんとなく始めた
- 周りが結婚しているから、自分も結婚しなきゃと焦る
- 流行のファッションを、似合うかどうか考えずに買ってしまう
- ニュースで話題になっていることを、よく調べずに批判する
- 「みんな」がそう言っているから、きっと正しいと思い込む
こうした行動パターンを、ハイデガーは「非本来的(ひほんらいてき)」な生き方と呼びました。
特に日本では田舎にいけばいくほど発生する同調圧力。
筆者も田舎に移住した際によく聞いた言葉でした。
「みんなこう言ってるけど君の意見は?」「みんな同じ意見だけど君だけが違う」などです。
「噂話」と「好奇心」の罠
ハイデガーは、現代人が陥りやすい3つの罠について指摘しました:
1. 空談(くうだん)- 意味のないおしゃべり
本当に大切なことについて深く考えるのではなく、表面的な話題ばかりを延々としてしまう状態です。
- 芸能人のゴシップ
- 天気の話ばかり
- 深みのない世間話の繰り返し
みなさんの周りにもいないでしょうか?
やたらと今日の気温の話をする人。
何の意味があるでしょう?昨日と今日で数度違ったところでどうにかなるものではありませんし、芸能人のゴシップニュースを知ったところで何になると言うのか非常に疑問です。
2. 好奇心 – 目新しいものを求める気持ち
本当に自分にとって大切なものを見極めることなく、とにかく新しいもの、刺激的なものを求め続ける状態です。
- 新しいスマホアプリを次々とダウンロード
- 流行の店に行ってはすぐに飽きる
- 深く学ぶことなく、表面的な知識ばかり集める
3. 曖昧さ – なんとなくな状態
自分が本当はどう思っているのか、何をしたいのかがはっきりしない状態です。
- 「どっちでもいい」が口癖
- 自分の意見を持たない
- 流されるまま、なんとなく生きている
現代のSNS社会での「世人」
SNSが普及した現代では、ハイデガーが指摘した「世人」の問題がより深刻になっています。
例:インスタグラムでの行動
- みんながやってる映えスポットに行く(本当に行きたい場所?)
- フォロワー数を気にする(本当の友達関係?)
- 「いいね」の数で一喜一憂(自分の価値って何?)
例:ツイッターでの行動
- 炎上しているトピックに便乗して発言(本当に自分の意見?)
- フォロワーが多い人の意見をそのまま受け売り(自分で考えた?)
- とりあえず何かつぶやかないと不安(なぜ発信する必要が?)
こうした行動パターンは、まさにハイデガーが警告した「世人」の典型例です。
「不安」は悪いものじゃない
不安こそが「本来の自分」への入口
「不安な気持ちはできるだけ避けたい」と思うのが普通ですよね。でも、ハイデガーは全く違う見方をしていました。
「不安は、本来の自分に気づくためのサインだ」
「恐れ」と「不安」の違い
ハイデガーは「恐れ」と「不安」を明確に区別しました。
恐れ
- 対象がはっきりしている(台風、病気、試験など)
- 具体的な対策を取ることができる
- 一時的なもの
不安
- 対象がはっきりしない
- 漠然とした気持ち悪さ
- 根深いもの
例えば:
- 来週の試験が心配 → これは「恐れ」
- なんとなく将来が不安 → これは「不安」
- 地震が来たらどうしよう → これは「恐れ」
- 自分の人生このままでいいのかな → これは「不安」
不安が教えてくれること
ハイデガーによれば、不安は私たちに大切なことを教えてくれます:
1. 今の生き方への疑問 「なんとなく不安」な時、それは「今の生き方が本当に自分らしいのか?」という疑問のサインかもしれません。
2. 世間の常識からの解放 不安を感じる時、私たちは「みんながやっているから大丈夫」という安心感から離れています。これは、自分らしい道を見つけるチャンスでもあります。
3. 本当に大切なものへの気づき 不安になると、「本当は自分にとって何が大切なのか?」を考えるようになります。
現代人の不安を理解する
就職活動での不安 「みんなが受けている大企業を受けなきゃ」→ でも本当に自分がやりたい仕事なの?
結婚への不安
「周りはみんな結婚している」→ でも本当に今結婚したいの?相手は本当にこの人でいいの?
老後への不安 「将来お金が足りるかな」→ でも本当に大切なのはお金だけ?どんな老後を送りたいの?
これらの不安は、単に解決すべき問題ではなく、「本当の自分」について考えるきっかけなのです。
「死」を意識することの意味
死を忘れて生きる現代人
現代社会では、「死」についてあまり考えないようになっています。
医療が発達し、寿命が延びたことで、死は遠いものになりました。
でも、ハイデガーは「死を忘れて生きることは、本当に生きることではない」と言いました。
「死への存在」として生きる
ハイデガーは人間を「死への存在(Sein-zum-Tode)」と呼びました。これは「いつか必ず死ぬ存在」という意味です。
ちょっと暗く聞こえるかもしれませんが、実は逆です。死を意識することで、生がより輝いて見えるようになるのです。
例:限られた時間を意識する
- 「人生があと10年しかない」と分かったら、今やっていることを続ける?
- 「今日が最後の日」だったら、どんな一日を過ごしたい?
- 大切な人との時間が限られていると分かったら、どう接する?
死の意識がもたらすもの
1. 本当に大切なものが見えてくる 時間が限られていると分かると、どうでもいいことに時間を使っている場合じゃないと気づきます。
2. 他人の目を気にしなくなる いつか死ぬと分かれば、他人からどう思われるかよりも、自分がどう生きたいかが大切になります。
3. 今この瞬間を大切にするようになる 「また今度」「いつかやろう」ではなく、「今やろう」という気持ちが強くなります。
現代的な「死への意識」
スマホばかり見ている時間 → 人生は有限。本当にその時間の使い方でいい?
嫌な仕事を続けている状況 → 限られた人生。本当にこの仕事をずっと続けたい?
大切な人とのすれ違い → いつか後悔する前に、今ちゃんと向き合おう
死を意識することは、決して悲観的なことではありません。むしろ、より生き生きとした人生を送るためのスイッチなのです。
「本来的な自己」を生きるとは?
本来的な生き方とは何か
ハイデガーは「本来的(ほんらいてき)な生き方」と「非本来的な生き方」を区別しました。
非本来的な生き方
- みんながやっているからやる
- 深く考えずに流される
- 不安から逃げる
- 死を考えない
本来的な生き方
- 自分で考えて選択する
- 不安と向き合う
- 死を意識して生きる
- 自分の可能性を追求する
「投げられた存在」として受け入れる
ハイデガーは、人間を「投げられた存在(Geworfenheit)」と表現しました。
私たちは:
- 生まれる場所を選べない
- 親を選べない
- 時代を選べない
- 最初の環境を選べない
これらは全て「投げられた」条件です。でも、その条件の中で「どう生きるか」は自分で選ぶことができます。
例:生まれた環境が厳しい場合
- 非本来的:「環境のせいで何もできない」と諦める
- 本来的:「この環境の中で、自分にできることは何か?」と考える
例:期待された道と違う道を歩みたい場合
- 非本来的:期待に応えるため、嫌々ながら従う
- 本来的:しっかり考えた上で、自分の道を選ぶ
「プロジェクト(投企)」として生きる
ハイデガーは、本来的な生き方を「プロジェクト(投企)」と呼びました。
これは「未来に向けて自分を投げ出すこと」という意味です。
プロジェクトとして生きる例
- 「こんな自分になりたい」というビジョンを持つ
- そのために今何ができるかを考える
- 失敗を恐れずにチャレンジする
- 常に成長し続けようとする
現代での「プロジェクト」
- 新しいスキルを身につけることを決意する
- 大切な人との関係をより良くすることを心がける
- 社会に貢献できる方法を考えて行動する
- 自分らしい表現方法を見つけて実践する
「故郷」と「大地」の大切さ
根無し草になった現代人
ハイデガーは、現代人が「根無し草」のような状態になっていることを心配していました。
- 頻繁な転職・転居
- 地域とのつながりの希薄化
- 伝統文化からの断絶
- バーチャルな世界での生活
こうした状況が、人々の不安や空虚感の原因の一つになっていると考えました。
「住まう」ことの意味
ハイデガーは「住まう(wohnen)」という概念を重視しました。
これは単に「住んでいる」ということではなく、「その場所と深いつながりを持って生きている」ということです。
住まうために大切なこと
- その土地の歴史や文化を知る
- 地域の人々との関係を築く
- 自然環境との調和を意識する
- 長期的な視点で物事を考える
現代における「故郷」
現代では、生まれた場所に一生住み続ける人は少なくなりました。
でも、「故郷」は必ずしも生まれた場所だけを指すものではありません。
新しい「故郷」の見つけ方
- 今住んでいる場所の歴史を調べてみる
- 近所の人とのコミュニケーションを大切にする
- 地域のイベントに参加してみる
- その土地の自然を観察し、季節の変化を感じる
- お気に入りの散歩道や憩いの場所を見つける
デジタル時代の「大地性」
スマホやインターネットが普及した現代でも、「大地につながる」感覚は大切です。
デジタル疲れを感じた時の対処法
- 裸足で土や草の上を歩く
- 木や花を触ってみる
- 空を見上げる時間を作る
- 季節の食べ物を味わう
- 手で何かを作ってみる(料理、工作、園芸など)
ハイデガーが示す現代への警告
技術支配への警鐘
ハイデガーは、現代の技術文明に対して深い懸念を抱いていました。
技術が人間を支配し、人間らしさを失わせる危険性を指摘していたのです。
技術に支配される例
- スマホなしでは不安になる
- AIに判断を委ねてしまう
- 効率ばかりを重視して、過程を楽しめない
- デジタルな関係ばかりで、リアルな触れ合いが減る
「計算的思考」からの解放
ハイデガーは「計算的思考」と「瞑想的思考」を区別しました。
計算的思考
- 効率性を重視
- 数値化できるものばかり見る
- 短期的な結果を求める
- 人間を資源として見る
瞑想的思考
- 深く考える
- 数値化できない価値も大切にする
- 長期的な視点を持つ
- 人間の尊厳を重視する
現代社会での「瞑想的思考」
仕事での瞑想的思考
- 売上だけでなく、お客さんの満足度も考える
- 効率だけでなく、仕事の意味も考える
- 競争だけでなく、協力の価値も認める
人間関係での瞑想的思考
- 相手に何をしてもらえるかではなく、何をしてあげられるかを考える
- SNSの「いいね」数ではなく、本当の心のつながりを大切にする
- 表面的な付き合いではなく、深い理解を求める
ハイデガー名言集
存在と時間について
「存在することは時間である」 → 私たちの存在は、過去・現在・未来の時間の流れの中にある。
今この瞬間も、過去の積み重ねと未来への投企の中にある。
「人間は死への存在である」 → 死を意識することで、限りある人生をより大切に生きることができる。
「不安は、本来の自分へと呼び戻すものである」 → 不安な気持ちは悪いものではなく、本当の自分について考えるきっかけ。
本来性について
「人は誰でも他の誰かである」 → 多くの人が「みんながやっているから」という理由で行動し、本当の自分を見失っている。
「世人は、すべてを平均化する」 → 世間の常識は、個性や独創性を押しつぶしてしまう危険がある。
「良心は、世人の状態から本来の自分へと呼び戻す」 → 内なる声に耳を傾けることで、本当に自分らしい生き方が見えてくる。
思考について
「考えることをもっとも必要としているのは、考えない時代である」 → 情報があふれる現代こそ、深く考えることが大切。
「言葉は存在の家である」 → 私たちは言葉を通して世界を理解している。だからこそ、言葉を大切に使おう。
「詩人は存在の牧人である」 → 芸術や文学は、私たちに本質的なものを教えてくれる大切な存在。
現代文明について
「技術の本質は技術的なものではない」 → 技術の問題は技術的な解決法だけでは解決できない。人間の生き方の問題。
「現代人は、計算することはできるが、考えることができない」 → 効率や数値ばかり気にして、本当に大切なことを見失っている。
住まうことについて
「人間は大地の上に住まう」 → 私たちは自然の一部であり、大地とのつながりを大切にしなければならない。
「住まうことは、存在することの基本的な性格である」 → どこか特定の場所に根を下ろして生きることの大切さ。
「故郷は、単に生まれた場所ではない。心の故郷である」 → 本当の故郷とは、心から安らげる場所のこと。
人間関係について
「他者と共に存在することは、人間存在の根本構造である」 → 人は一人では生きられない。でも、単にみんなと同じことをするのではなく、それぞれが本来的な自己として関わり合うことが大切。
「愛とは、相手を本来的な存在へと解放することである」 → 本当の愛は、相手を束縛することではなく、その人らしく生きることを支えること。
ハイデガーの複雑な遺産 – 光と影
哲学的な偉大さと人間としての問題
ハイデガーの哲学は確かに偉大でしたが、人間としては多くの問題を抱えていました。
特に、ナチス党への加入とその後の対応については、現在でも厳しく批判されています。
哲学と人格の分離という問題
「素晴らしい哲学者だけど、人間性に問題があった人の教えをどう受け取ればいいの?」
これは難しい問題ですが、一つの考え方としては:
- 哲学的洞察の価値は認める
- 人間としての行動は批判すべきところは批判する
- 教えを盲従するのではなく、批判的に検討する
ハイデガーの哲学から学べることはたくさんありますが、それをそのまま受け入れるのではなく、現代の私たちなりに解釈し直すことが大切です。
現代における意義
ハイデガーの哲学的洞察の多くは、現代でも非常に重要です:
- SNSで「世人」化する危険性
- 技術に支配される生活への警告
- 本来的な自己を見失う現代人への示唆
- 不安や死を通して自分らしさを見つける方法
これらは、ハイデガーの人間性の問題とは切り離して考えることができる、普遍的な価値を持つ洞察です。
あなたの日常に活かせるハイデガーの智恵
「本来的な自己」を見つけるための質問
日々の生活の中で、こんなことを自分に問いかけてみてください:
今やっていることについて
- これは本当に自分がやりたいこと?
- それとも「みんながやっているから」やっているだけ?
- 死を意識した時でも、これを続けたいと思う?
人間関係について
- この関係は、お互いを本来の姿で受け入れている?
- それとも、期待される役割を演じているだけ?
- 相手の本当の姿を見ようとしている?
将来について
- 自分の可能性を本当に追求している?
- それとも、安全な道ばかり選んでいる?
- 不安から逃げずに向き合えている?
今日からできる「本来的な生き方」
小さなことから始めよう
- 流行に流されず、本当に自分が良いと思うものを選ぶ
- SNSを見る前に、「なぜ見たいのか?」を考える
- 他人の意見を聞く前に、まず自分で考える時間を作る
不安との付き合い方
- 不安を感じた時、それを無視せずに「何を教えてくれているのか?」と考える
- 漠然とした不安を具体的に言葉にしてみる
- 不安の奥にある「本当にやりたいこと」を探してみる
「住まう」実践
- 今いる場所の歴史や文化を調べてみる
- 近所を散歩して、季節の変化を感じる
- 地域の人との会話を大切にする
- 自然に触れる時間を意識的に作る
技術との健全な関係
- スマホを使う目的を明確にしてから使う
- 定期的にデジタルデトックスの時間を作る
- 効率だけでなく、過程も楽しむ
- AIに任せきりにせず、自分で考える習慣を保つ
最後に – 不完全でも自分らしく
ハイデガー自身が完璧な人間ではなかったように、私たちも完璧である必要はありません。大切なのは、「本来的な自己」を目指して歩き続けることです。
現代社会は、ハイデガーが指摘した問題がさらに複雑になっている面もあります。SNS、AI、グローバル化…新しい課題がたくさんあります。
でも、その中でも変わらないのは:
- 自分で考えることの大切さ
- 不安や死と向き合う勇気
- 他者との本当のつながり
- 自分らしい生き方を追求する姿勢
これらは、時代が変わっても色あせない価値です。
「人間は、未来に向けて自分を投企する存在である」 – ハイデガー
毎日が同じことの繰り返しに見えても、実は毎瞬間が新しい可能性に満ちています。昨日の自分とは違う今日の自分、今日の自分とは違う明日の自分…。
そんな風に、いつも新しい自分に向かって歩いていく。それが、ハイデガーが教えてくれた「本来的な生き方」なのかもしれませんね。
あなたの人生が、他の誰でもない、あなただけの特別な物語になりますように。


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