Curanz Sounds

光の音楽

この世界を愛と調和の空間に

【イエス・キリストの超常的な力】5つの奇跡的エピソードを量子物理学的に紐解く

この地球上で最も有名な哲学者と言っても過言ではないイエスキリスト。

それ以前からソクラテスやプラトンが天国の概念を説いていますし、プラトンなどはアトランティスの資料を持っていたとも言われています。

ではなぜ、イエスキリストがここまで世界的に有名になったのでしょうか?

それは彼が実際にこの物理次元では到底想像もできないような奇跡的なことを数多く残してきたからです。

まずは、どんな奇跡を起こしてきたのか?

5つのエピソードをピックアップしましたので、順番にみていきましょう。

前半は非常にライトにエピソードのみをシェア。

後半からはこれらの奇跡を量子物理学的な視点から考察し、それらを哲学的要素と交差させながらこれらの奇跡を紐解きます。

1: 水をワインに変える

イエスが公生活を始めた最初の奇跡は、ガリラヤのカナで行われた婚礼での出来事です。

婚礼でワインが枯渇してしまったため、イエスは6つの石の水がめに水を満たすよう命じます。

そしてその水を執事にくみ取らせると、奇跡的に上等なワインに変わっていたのです。

この驚くべき出来事により、イエスの弟子たちはイエスの超自然的な力を目の当たりにし、信仰心を目覚めさせたと言われています。

2: 嵐を静める

イエスと弟子たちがガリラヤ湖をボートで渡っている際、突如激しい嵐が襲ってきました。

弟子たちはパニックに陥りますが、イエスは「静まれ」とだけ言うと、嵐はすぐに静まっていきました。

この奇跡によって、イエスが自然界をも支配する神の力を持っていることが示されました。

3: 五千人の食事

イエスのもとに五千人以上の群衆が訪れた時、人々は空腹でした。

イエスは少年の持っていた5つのパンと2匹の魚を頂き、祝福の言葉を述べて分配すると、奇跡的に食べ物は増え続けました。

この出来事はイエスの超自然的な力を多くの人々に印象付けました。

4: 歩くことの出来ない人を治す

イエスがエルサレムに入城した際、生まれつき歩くことができない人が38年間の苦しみから解放されました。

イエスの一言でその人は完全に治り、歩いて神を称えることができたのです。

この奇跡は、イエスの驚くべき治癒力を示す出来事となりました。

他にも病を治すエピソードはたくさんあります。

その一部を紹介しましょう。

痲瘋病の人を治した

イエスは痲瘋病の人に手を触れ、「私の意志によって清くなりなさい」と言うと、すぐにその人の痲瘋病は治りました。

当時の痲瘋病は不治の病とされていましたが、イエスの神秘的な力で瞬時に治癒されたと伝えられています。

義務官の子を遠隔治療した

カペナウムにいたイエスは、約20キロも離れた場所にいる義務官の息子の熱病を遠隔治療しています。

義務官の強い信仰により、イエスの言葉でただちに熱が引いたと伝えられています。

イエスの超常的な力は距離を超えても発揮された驚くべきエピソードです。

血の出る女性を治した

12年間も出血病に苦しんで医者にも見離された女は、イエスの服に触れただけで完治しました。

女性の強靭な信仰がその治癒をもたらしたとイエスは語っています。

ここでは、イエスはその女性に対し何もしていません。

女性の強い信仰心を持ってイエスの服に触れただけなのです。

服に触れた瞬間女性は強い治癒のエネルギーを感じ、そしてイエスもまた自分の霊力が 出て行ったのを感じたと言われています。

イエスは病気を治す力、つまり奇跡を、信仰の力と考えていました。

「あなたの信仰があなたを救った」という言葉は、病気を治す度にイエスからよく出てくる言葉です。

イエスは信仰の大切さを度々説いています。

生来、目の見えない人に泥を塗って治した

生まれつき目の見えない人の目に泥を塗り、シロアムの池で洗うと目が見えるようになりました。

盲目から視力を回復させる驚異の治癒術の例です。

5: ラザロを蘇らせる

イエスの親友ラザロが病で亡くなり、墓に葬られて4日が経っていました。

イエスは墓の前で「ラザロよ、出てきなさい」と呼びかけると、ラザロは死からよみがえって出てきたのです。

この最大の奇跡により、イエスの力の源泉が神であることが多くの人々に知らされたのです。

解釈と考え方

21世紀の現在、科学技術はもうこれ以上ないほど発達していると言えるでしょうか?

この世界はまだまだわからないことだらけです。

西洋医学一つとっても、科学信仰のプロパガンダのお陰で人類の医療の進歩は最高潮に達しているかのように錯覚しがちですが、実際は強力な化学薬品よりもお母さんのハグ、家族の愛の力の方が治癒力が高かった例は世界中でいくらでもみられます。

イエスの奇跡については、その実在性について科学、未科学(まだ人類が知り得ないこの物理次元の法則)のそれぞれの立場から議論が分かれるところです。

物理学的には、水をワインに変えることや、五つのパンで5000人の食事を用意することは不可能に見えます。

しかし量子力学の発展により、物質は波動函数によって記述される確率的存在であることが明らかになりました。

つまり、物質の性質や状態は決定論的に固定されているのではなく、むしろ可能性の束としてとらえることができるのです。

この視点に立てば、イエスの奇跡は物理法則の突然の変化ではなく、(未科学的)潜在的可能性の1つが顕在化した、と解釈することもできるでしょう。

例えば、水分子にはワインの分子構造を取る可能性が微小ではあるが存在し得ます。

イエスの意思や思考の力によって、その可能性が選択されたと考えることができるわけです。

また、五つのパンで5000人の食事を提供することも、量子力学的にはあり得ないことではありません。

食物の量子状態を操作することで、必要な分だけの食事を得ることが理論的には可能かもしれません。(極めて未科学的領域なため暫定的な推測に過ぎません)

つまり量子世界では決定論的な因果関係は成り立たず、観測者の意識状態が物質に影響を与えるのです。

因果の順番に関しては釈迦もたくさんの論理を説いています。

これらはまさに、イエスの奇跡が信仰によってもたらされた、とする聖書の記述と合致するわけです。

もちろんこれらはあくまで仮説に過ぎません。

イエスの奇跡を科学的(現在人類が到達している時点での)に証明することは今のところ私たちには困難です。

しかし量子力学が提示する新しい世界観(未科学的領域)によって、奇跡を否定できないことは明らかです。

奇跡とは、ある意味で世界の多様な可能性の1つが選ばれた(観測対象として)瞬間なのかもしれません。

イエスの奇跡は、現在人類が到達している時点での科学的常識では説明できない出来事ばかりでした。

しかし、そこに物理法則の破壊を見るのではなく、むしろ自然の奥深い真理を見出すことができるのではないでしょうか。

今後の科学が、イエスの奇跡の真相に迫る手がかりを提供してくれることを期待したいと思います。

同時に、奇跡の不思議さを信仰の文脈で理解することの重要性も忘れてはならないと考えます。

科学と信仰は決して対立するものではなく、むしろ相補的な関係にあるのです。

信仰とは何か?

病を治す奇跡や、数々のエピソードの度に弟子たちに口を酸っぱくしていっている「信仰が足りない」という言葉。

イエスは弟子たちが治せなかった病を治した際「わずかカラシ種一粒ほどの信仰心でもあれば病など治るのだ」と言っています。

カラシ種といえば、マスタードシードのことで、ソーセージ食べる時につけるちょっといいマスタード買った時に中に入っている粒々のこと。

相当小さな種ですよね。

それを例えているわけですが、わずかあの一粒ほどの信仰心でもあれば救われると言っているわけです。

イエスに病を治して欲しいと懇願してきた女性にイエスは言いました。

「私はあなたを治すことができます、しかし、一つ聞きたい、あなたは私の力を信じますか?」

信じるものは救われる

と聖書の言葉にあります。

人が脳の中で信仰した世界はそのままこの物理次元に反映されるとはプラトンのイデア論のようにも見えますが、実はマトリックスの世界を想像すれば自然に腑に落ちる部分があるのではないでしょうか?

目の前にある物質に対して、その変化を思考する、思考するとシナプスに電気信号が流れて振動が起こります。

振動が起こるということは超弦理論を元に考察するとすれば、すなわちそこに一つ宇宙が誕生するということになります。

それではあなたが思考した瞬間に一つ、また一つと宇宙が誕生することになります。

この壮大な生命の物語である宇宙がそう簡単にいくつも誕生されては困る・・・というのは非常に物理次元的な思考回路と言えるのではないでしょうか?

思考した瞬間発生する1次元的な糸を粒子と定義する超弦理論は、素粒子を0次元の点粒子とみなす従来の物理学とは異なっています。

つまり従来の素粒子0次元点理論の元では時間そのものが定義できていないということになります。

あなたは今、時間を観測していますか?

この世界に時間が存在するのは1次元的な粒子が振動しているから定義されるのであって、私たちが今時間を観測しているということは(あなたが観測していればの話ですが)、暫定的に超弦理論を肯定することになるわけです。

従来の物理学では、電子やクォークなどの素粒子は大きさゼロの点と考えられてきました。

ところが、点粒子説では重力を量子化することができませんでした。

そこで超弦理論は、これらの素粒子を大きさがあり振動する1次元の糸、つまり「弦」として表現したわけです。

弦の振動のパターンによって、電子やクォークなどの性質が再現されます。

また、弦の性質から自然に重力が導入できるため、超弦理論では重力を量子化できると期待されています。

つまり量子力学と一般相対性理論の統一を可能にするわけです。

超弦理論で描かれる空間の次元数は10次元あるいは11次元と考えられていて、我々が生活する(3次元あるいは)4次元空間はその一部にすぎません。

余剰次元がコンパクト化されていると考えることができます。

心と想いが時間や空間を超えて移動できるのも・・・(私たち人類は想いと心に三次元的な制約がないことをすでに知っているはずです)思考した瞬間、想いをそこに発生させ、観測した瞬間11次元がそこに発生するから・・・と考えるのが自然です。

すると目の前にあるがん細胞を消滅させることくらいは、あまりにも簡単な出来事に思えてくるのではないでしょうか?

レゾナンス治療という振動を当てて細胞を変化させる自然療法をクランツサウンズでは研究していますが、これらの治療も信仰の力と比較すればあまりにも物理次元的なアプローチであります。

物理次元的なアプローチから奇跡を昇華観測するのではなく、思考、すなわち11次元的なアプローチから降下観測するほうが合理的かつ効率のいい選択であると筆者は考えています。

まとめ

イエスの起こしたこれら5つの奇跡は、イエスの神性と超自然的な力を示す出来事です。

当時の人々はこれらの奇跡によって信仰心を深めました。

イエスの奇跡は2,000年の時を経て今なお人々を驚嘆させ続けています。

信じるか信じないかはあなた次第!?

筆者は上記の私たち一人一人が振動のパターンという宇宙を想像し、私たち一人一人の宇宙の未来を創造できることを知っています。