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現代人は実に多くの悩みを抱えています。

しかし、その悩みのほとんどはある一つの概念に集約することができます。

それが・・・

思い通りにいかない

それが自分の思い通りに行かないという悩み。

例えば子供が勉強してくれないとか、夫が毎晩飲み歩いていて夜遅いとか、姑がうるさいとか、夫が家事をしてくれないとか、妻にセックスを拒否されているとか、彼氏が私だけを見てくれない・・・

これらすべてに共通していることが、「相手に対して自分の価値観や都合を押し付けている」という点。

相手があなたの思う「思い通り」にならないことへの不満、そしてそれが悩みに変わる。

子供に対しては「いうことを聞いてくれない」夫や妻に対しては「してくれない、やってくれない」。

今から2500年前に実在した哲学者お釈迦様はこれらの悩みを聞いた時にどう対応したかというと

黙って目を閉じ、結跏趺坐し瞑想に入ったと言われています。

人生は苦に満ちているという言葉も残したお釈迦様ですが、この思い通りにならないという悩みは苦として認定していないようです。

相手を「思い通りにしたい」、これは果たして相手を愛していると言えるでしょうか?

お釈迦さまが結跏趺坐し瞑想に入るようなこうした世俗的な悩みは、ただ相手をシンプルに愛することで解決します。

あなたが相手に対して贈った無償の愛は循環し、必ずあなたに返ってくる、これが宇宙の法則です。

反対に「どうしてわかってくれないの!」とか、「何回言えばわかるの」などと言われたりする場合は、相手はあなたをただ思い通りにしたいだけ。

しっかり受け流しましょう。

苦しみからの解放

人生は苦に満ちている。

これを苦諦といいます。

そしてその苦の根源にあるのが執着であると説いています。

執着を手放せばほとんどのことに対する悩みや苦しみからは解放されます。

これを滅諦と言います。

苦・集・滅・道

人生には苦しみがあり(苦諦・くたい)、執着するから苦しみを観測する(集諦・じったい)、執着を無くすことで苦しみから解放される(滅諦・めったい)、そして日々生まれてくる妄想を滅しながらこれらを実践して行く道(道諦・どうたい)これらを四諦と呼び、実践することで人生における悩み事はなくなっていきます。

四苦八苦

お釈迦様は人生における苦しみを明確に定義していました。

それを四苦八苦という名前で定義しています。

これは4つの苦しみと8つの苦しみという意味ではなく、4つの苦しみ(宿命)、と4つの苦しみ(運命)があり、それらを総称して四苦八苦と呼んでいます。

最初の運命として定められている4つが「生・老・病・死」これは宿命であり人は誰もが共通して持つ悩みです。

努力や思考法で変えられる物ではありません。

ここからは運命の四苦になります。

一つは「愛別離苦」愛している人と別れなければいけない苦しみ。

一つは「怨憎会苦」怨うらみ憎む者にも会わなければならない苦しみ。

一つは「求不得苦」求めても得られない苦しみ。

一つは「五蘊盛苦」自分の心や、自分の身体すら思い通りにならない苦しみ。

五蘊とはなにか
  • 色(しき)=すべての物質を指し示し「身体」機能が活発であるために起こる苦しみ。
  • 受(しゅ)=物事を見る、外界からの刺激を受ける「心」の機能。
  • 想(そう)=見たものについて何事かをイメージする「心」の機能。
  • 行(ぎょう=イメージしたものについて、何らかの意志判断を下す「心」の機能。
  • 識(しき)=外的作用と内的作用を総合して状況判断を下す「認識作用」の機能。

さて、これら四苦八苦を見て私たちは苦しみについてどう解釈すればいいのか。

それが「思い通りにならない」ということです。

冒頭部分にループしているようにも感じます。

「思い通りにならない」ことを解決する方法、つまり苦しみを解決する方法は苦・集・滅・道、執着を手放し、妄想を手放し、それを実践することでした。

あなたの人生において、あなたの身近な人において、あなたの思い通りにならないことが発生した場合は、執着を手放し、目の前の相手、または現象に対してただ無償の愛を贈ってみてはいかがでしょうか。

この世の法則を知ることで執着を手放す。

最後にお釈迦様がある女性に執着を手放させたエピソードをシェアしておきましょう。

執着を手放すためのエピソード

高齢出産の女性

40歳を過ぎてやっと子供を授かった女性が、たった3日で子供を死なせてしまいました。
女性はお釈迦さまの元を訪れ必死で懇願します。
なんとかこの子供を生き返らせてください、どうかお願いします。なんでもしますから。
お釈迦さまはこの願いに対し「わかりました。」と答えました。
ただし、条件があるとその女性に伝えます。
その条件とは「この子供を生き返らせるにはからしの種が必要である、ただし、その家から一人の死者も出したことのない家からもらったからしの種でなくてはならない」
すると女性は三日三晩走り回り、一人の死者も出したことのない家を探し回ります。
お釈迦さまの元に戻った女性は「死者を出したことのない家が一軒もないことがわかりました、死は避けて通れないものである」と執着を手放すことにつながったのです。

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