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愛すること、愛の循環とはどういうものなのでしょうか。

例えば古代ギリシャでは愛を次のように分類していました。

古代ギリシャでの分類
  • エロス 恋愛 求める愛
  • フィリア 友愛 同等の愛
  • ストルゲー 家族愛 血縁に基づいた強い愛情
  • アガペー 神の愛 与える愛 無償の愛

現在も世界的な宗教として有名なキリスト教、イエスの教えではアガペー、無償の愛が重視されています。

“あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ”と、相手に対して愛を送ることに条件は付きません。

無条件で愛を送ります。

求めた時点で循環は止まる

愛は必ず循環し、あなたの元に返ってきます。

だからこそイエスは隣人を「あなた自身のように愛せよ」という言い方をしたんですね。

隣人を愛するということはあなた自身を愛することと同じだからです。

自分自身を愛する時に、自分に対して見返りを求めたりしませんよね?

無償の愛と感謝を無償で贈る

私たち人類の多くの人々がお金という道具を使っています。

無償や有償という単語を聞くと、このお金を思い浮かべるかと思います。

お金というものはそもそも感謝という概念が、物理次元に具現化、変換された存在であり

あなたが誰かを想って愛したお礼としてお金を受け取ります。

ただし、本来私たち人類の魂の部分のみにフォーカスすると、そもそも愛や感謝をお金に変換する必要はないはずですよね。

愛と感謝は無償で贈ることができます。

そしてそれは無限に贈ることができます。

そしてそれは循環し贈った以上にあなたの元へ返り、あなたが止めなければまた循環していきます。

にも関わらず、なぜ私たちは愛を有償で(見返りを求める)贈ろうとし、有限である(出し惜しみ)かのように振る舞うのでしょうか。

愛する人から愛される方法

恋愛においても、親子関係においても、夫婦関係においても。

あんなに尽くしてきたのに、、、

あんなにしてあげたのに、、、

こんなに好きなのに、、、

こんなに愛しているのにどうしてわかってくれないの、、、

どうして私を見てくれないの、、、

その疑問こそが見返りです。

見返りを求めているあなたは相手に対して有償で(見返りを求める)愛を贈っています。

有償の場合、相手は無条件でその愛を受け取ることはできないでしょう。

つまり見返りを求めて愛した時点で愛の循環はあなたでストップしているわけです。

無償の愛をただただ贈り続けるようにすると、あなたはきっと愛の循環の中にただ漂うことができます。

パートナーが連絡の一本もよこさずに帰りが遅い時、『浮気の心配をするのが恋』で、『命の心配をするのが愛』なのだそうです。

引用元:ていうか、男は「好きだよ」と嘘をつき、女は「嫌い」と嘘をつくんです。

太陽はなぜ愛されるのか?

日の本の国である日本をはじめ、人類の歴史の中で太陽を愛する民族は古今東西たくさん存在してきました。

人々はなぜ太陽を崇め、太陽を愛おしく想い、太陽を神様として扱うのでしょうか?

それがまさにアガペー 神の愛 与える愛 無償の愛の循環であると言えます。

太陽は私たちを暖かく包み込み、明るく照らし続けてくれます。

地球に命を与え、命は繁栄し、私たちにたくさんのエネルギーを与えてくれます。

しかし、私たちは太陽から一度も見返りを求められたことはありません。

ただただ、太陽は私たちに光と暖かさと命を与え続けてくれています。

故に、私たちは太陽を愛し崇め神様として扱ってきたのではないでしょうか。

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