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こんにちは、皆さん。

今日はルドルフ・シュタイナーの芸術療法について掘り下げていきます。

シュタイナーという名前は聞いたことがあるかもしれませんが、彼の芸術に対する革新的なアプローチはあまり知られていません。

この記事では、彼の教えが現代の私たちの心と魂にどのように影響を与えることができるのかを探っていきます。

ルドルフ・シュタイナーはオーストリア出身の哲学者、神智学者および人智学の創始者です。

彼の理論は人間の内面と外界との関係を深く探求し、特に芸術を通じて内面世界との対話を促します。

シュタイナーの考えでは、芸術は単なる表現手段以上のもの。

それは、私たちの感情、思考、そして霊性を癒し、成長させるための道具なのです。

芸術療法とは、描画、音楽、ダンス、彫刻などの芸術的手法を用いて、個人の感情的および心理的な問題に対処することを指します。

しかし、シュタイナーのアプローチはこれに留まりません。

彼の方法は、私たちの内なる自己とのつながりを深め、もっと広い宇宙との調和を目指すものなのです。

この動画を通じて、シュタイナーの芸術療法がどのように心と魂に働きかけるのか、また、それが私たちの日常生活にどのように役立つのかを見ていきましょう。

それでは、シュタイナーの魅力的な世界へと一緒に旅を始めましょう。

シュタイナーの芸術理論

ルドルフ・シュタイナーの芸術に関する理論は、単なる美的表現を超えて、深い霊的な次元を持っています。

彼にとって、芸術は人間の内面世界と外界とを繋ぐ架け橋であり、私たちの霊的な成長を促進する手段です。

シュタイナーは、芸術を通じて人間の内面に眠る潜在的な力を引き出し、自己の発見と自己表現の道を開くと考えました。

彼の考えでは、芸術はただ感情を表現するだけでなく、より高い意識レベルへと人間を導きます。

シュタイナーは、色彩、形、リズム、音といった芸術の基本要素が持つ霊的な意味にも深く注目しました。

彼は、これらの要素が人間の感情や思考に深く作用し、霊的な覚醒を促進すると考えたのです。

例えば、彼は色彩が持つ治療的な効果を強調し、特定の色が特定の感情や身体的な状態に影響を与えることを示しました。

シュタイナーの芸術療法では、個々の人の特定のニーズや状態に合わせて、さまざまな芸術的手法が用いられます。

これは、人間が多面的な存在であるというシュタイナーの見解に基づいており、彼の教えでは、肉体的、感情的、精神的な各側面が互いに深く関連しているとされています。

シュタイナーによれば、芸術療法の目的は、個人が自分自身の内面的な調和を見つけ、それを外の世界に表現することにあります。

このようにして、芸術は個人の自己発見の旅であり、同時に自己超越のプロセスでもあるのです。

シュタイナーが推奨する芸術療法4つの種類

  • 描画:内面の世界との対話
    描画は単なる表現の手段を超え、深い内省のプロセスを促します。シュタイナーによると、色彩と形は霊的な言語であり、私たちの深層心理と無意識の感情を可視化します。この創造的行為は、内なる自己との対話を通じて自己理解を深め、スピリチュアルな覚醒を促進します。
  • 音楽療法:霊的調和の促進
    音楽は、私たちの感情と直接的につながり、深い感情的な癒しをもたらします。シュタイナーは音楽が霊的な領域と直接的に関係していると考え、特定の旋律やリズムが人間の内面のエネルギーと調和し、高い意識状態へと導く力を持つと指摘しています。
  • 彫刻:物質との対話を通じた自己発見
    彫刻は、物質を形作ることにより、内面的なプロセスを外部世界に映し出します。シュタイナーによると、この行為は私たち自身の感情や思考を物質化し、形として具現化することにより、霊的な自己理解を深める効果があります。これにより、自我と宇宙との関係性が明らかになり、スピリチュアルな成長が促進されます。
  • 演劇:自己超越と共感の育成
    演劇は、私たちを自己の限界を超えて別の存在に変身させる強力な手段です。シュタイナーは、自分自身とは異なるキャラクターを演じることが、自己と宇宙とのつながりを強化し、他者への共感と理解を深めると考えました。このプロセスは、私たちが自己の内なる世界を超越し、より広いスピリチュアルな視野を持つことを可能にします。

これらの芸術療法を通じて、私たちは自己と宇宙との深いつながりを体験し、内面の癒しとスピリチュアルな成長を促進することができます。

シュタイナーの提唱する芸術療法は、単に技術的な習得を超え、私たちの霊的な旅の重要な部分となり得るのです。

では具体的にどんな芸術を日常で楽しめばいいのでしょうか?

音楽編はかなり専門的な内容になりますので次回しっかりとお届けするとして、本日は色彩編でみていきましょう。

シュタイナーの色彩論

シュタイナーは色彩について、ニュートンの色彩論に対しては批判的な立場をとっており、ゲーテの色彩論に対して肯定的な立場をとっています。

ニュートンはより科学的なアプローチをとっているためであり、シュタイナーなどの霊性が覚醒した視点でみると科学はあまりにも未発達な領域であると考えることができます。

例えばニュートンの色彩論は、色を光の物理的な性質として捉えています。

彼は、プリズムを通して光を分析し、光がスペクトル(可視光スペクトル)に分けられることを発見。

彼によれば、色は光の分解によって生じるものであり、色は光の本質的な部分であって、色彩を科学的、定量的に解釈する近代光学の基礎を築いています。

一方でゲーテの場合はより霊的な感性、アプローチでした。

ゲーテの色彩論は、色を主観的かつ感覚的な体験として捉えます。

彼は色を個人の感情や感覚に深く関連づけて解釈しました。

彼にとって色は、光と闇の境界で生じるものであり、光と物質の相互作用の結果です。

ゲーテの色彩論は芸術的および哲学的な視点に重点を置いており、色彩の心理的および象徴的な側面を強調しています。

絵を学んだ時

昔絵を勉強していた時に先生からこんなことを言われました。
「ここに寝てみなさい、上の天井を見て、これ何色に見える?」
僕はすかさず「白、白い天井に見えます。」と答えました。
すると先生は「よし、じゃあ今から1週間毎日ここで天井をみておきなさい」
一緒に横になる先生は「あー、緑、青、ほら黄色に変わった」なんていっていましたが、あれはニュートン的なプリズムの変化ではなく明らかに霊的な体験であったと後に知ることになりました。

科学信仰から見る空が青い理由、夕焼けが赤い理由は定量化された説明ではあまりにも陳腐なものになってしまいます。

空、そして太陽はもっと深い芸術的な要素が必ずそこにあるはずです。

ニュートンの色彩論からは、霊的世界についてなにも知ることができません。
ゲーテのように霊的世界から刺激を受けた人はニュートンの色彩論に対して、真正な色彩論を打ち立てて、ニュートンに恥辱を与えました。
ニュートンに対してほど、ゲーテがぼろくそに語ったことは、ほかにありません。
ゲーテは、ニュートンの愚にもつかない色彩論を手ひどく罵っています。
今日では、ゲーテのこのような悪態は理解できないものになっています。
ニュートンの色彩論を承認しない者は愚か者だと物理学者がいうからです。
けれども、ゲーテの時代にあっては、ただゲーテひとりがこのような反論をしたのではありません。
外部にむかって発言したのはゲーテひとりでしたが、十八世紀にいたるまで、識者はいかに色彩は霊的なものから流れ出るかをはっきりと知っていました。
空気は光の影です。
光が生じると、ある条件下に影が生じます。
色彩が存在 し、その色彩が空気要素のなかで作用し、空気中にきらめくように飛び散ると 空気要素のなかにある別の要素が生じます。
ある条件の下で、圧力によって逆流が生じるように、色彩から液体状、水状の要素が生じるのです。光の影が空気であるように、水は色彩の反映なのです。
理解しがたいことかもしれませんが、一度、色彩の真の意味を把握しようとしてみてください。
たとえば赤というのは、なにか攻撃的な色です。
赤の前を走り去ろうとすると、赤は人を突き返します。
青紫にむかって走ると、青紫はわたしたちから逃げ去り、ますます遠くなっていきます。
色彩のなかになにかが生きているのです。
色彩は一個の世界です。
心を込めて色彩を体験すると、 感動せずにはいられません。
そのように魂は、色彩世界のなかで自己を感じるのです。

ルドルフ・シュタイナー

各色に対するシュタイナーの見解

ここからは各色に対してシュタイナーがみている世界観をまとめていきます。

死の像は黒、生の像は緑

さまざまな自然界、死の世界と生命の世界と魂の世界と霊の世界とをとりあげるとき、ちょうど私が死から生へ、生から魂へ、魂から霊へと昇るように、黒から緑へ、桃色へ、白へと昇っていきます。
私が死から生を通って、魂と霊の世界へ昇っていけるように、私が私を取りまく周囲の世界の中で、黒から緑へ、 桃色へ、白へと昇るとき、私は私を取りまく周囲の世界を像として見いだすのです。
私はいろいろな現実世界の中でその現実世界を辿っていけます。
そして自然は私にこれらの現実世界の像をも与えてくれます。
自然はこれらの現実世界を像に変えます。色彩の世界は現実の世界ではありません。
色彩の世界は自然そのものの中でさえも像なのです。
死の像は黒です。
生の像は緑です。
魂の像は桃色です。
そして霊の像は白です。
このことによって私たちは色彩の客観的世界の中に導かれます。
色彩の本性、色彩の本質の中に入っていけるには、このことを前提にしなければなりません。
色彩が主観的な印象に過ぎない、と述べるだけでは何の役にも立たないのです。

ルドルフ・シュタイナー(色彩の本質)

輝きの色である「青」「黄」「赤」

黄は外へ輝き、青は内へ輝き(輝きが内へ集まり)、そして赤は両者を中和して、一様に輝きます。
この一様に輝くものを、運動する白と黒の中へ輝かせると桃色が生じます。
静止した白の方へ、一方では黄と他方では青とを照射させ ますと、緑が生じます。

中略

もし私が今、白から初めて、(下から上へ)上っていくなら、その白は緑の中に入り込むでしょう。
それから(上から下へ)黒がこの白に向かい合い、そして互いに引っ張り合います。
そしてそこに、赤い輝き(緋色)が加わって、桃色を作り出します。

ルドルフ・シュタイナー(色彩の本質)

黄色は私たちを快活にします。
快活であるというのは、魂を大きな生命力で充たすことです。
ですから黄色によって、私たちは私たちの自我によりふさわしくなるのです。
別な言葉でいえば、私たちはより霊化されるのです。
黄色の根源的本性は外へ向かって拡がり、薄れていきます。
その輝きが今、皆さんの内部へ向けて輝くのです。
それが皆さんの内部で霊として輝くとき、「黄色は霊の輝きの色である」、と皆さんは言うでしょう。
青色は内的に集中し、鬱積し、内的に持続します。
それは魂の輝きです。
赤色は空間を一様に満たし、中心を保持します。
それは生命の輝きです。

ルドルフ・シュタイナー(色彩の本質)

古代ギリシャの神々と色

世界中で霊的世界への信仰に対し、色が定義されています。

  1. ゼウス(Jupiter): 天空と雷の神。しばしば白や金色で表され、これらの色は力、威厳、そして神性を象徴している。
  2. ヘラ(Juno): 婚姻と女性の神。しばしば緑色や金色で描かれ、これらの色は豊かさ、崇高さ、女性の力を表す。
  3. アポロン(Apollo): 太陽、詩、音楽の神。金色や黄色が多用され、太陽と芸術的な創造力を象徴する。
  4. アフロディーテ(Venus): 愛と美の女神。しばしばピンクや赤、金色で表現され、これらは愛、美、魅力を意味する。
  5. アテナ(Minerva): 知恵と戦略の女神。灰色や青色で描かれることがあり、これらは知識、知恵、尊厳を象徴する。

古代ローマの神々と色

  1. マルス(Mars): 戦争の神。赤色は血と戦争を象徴し、マルスと深く関連付けられている。
  2. ヴィーナス(Venus): 愛と美の女神。ピンクや青がしばしば関連付けられ、これらは愛、美、女性らしさを象徴する。
  3. ネプチューン(Neptune): 海の神。青や緑が彼の象徴として使われ、海や水の神性を表す。
  4. セレス(Ceres): 豊穣の女神。緑や金色が関連付けられ、豊かさと自然の力を意味する。

このように赤、黄色の特徴に関しては太古の昔からしっかりと意識されていたと考えられます。

ラー文書

ラー文書でも色について触れています。

緑色光線のもう一つの可能性は、一方の存在は緑色光線エネルギーを差し出しても、もう一方はそうした普遍的な愛に根ざすエネルギーを差し出さないケースです。
これは緑色光線でない方にエネルギー障害が生じ、欲求不満や欲求の増大を引き起こします。
かたや緑色光線の存在者のほうは、他者への奉仕の方向にわずかに極性化が進みます。
青色光線のエネルギー移動は、現時点でのあなたがたのあいだでは若干めずらしいことですが、非常に有益です。
なぜならそのエネルギー移動は、怖れや制約にとらわれない自己表現を可能にするからです。
藍色光線のエネルギー移動は、あなたがたのあいだではなおさらめずらしいですが、 これは身体複合体の神聖な部分で、それによって紫色光線を介した知的無限との接触が起こる可能性があります。
この後者の二つのレベルで障害が起こることはありません。
なぜならどちらも存在者が受け入れの準備ができていない限りそのエネルギーを見ることができないばかりでなく、エネルギーの移動や閉塞も起こりえないからです。
それはまるでディストリビュータの外れた高性能エンジンのようです。

ラー文書「一なるものの法則」第二巻 ラー文書 「一なるものの法則」

ラー文書「一なるものの法則」第二巻

さて、ここまでシュタイナーの色彩についてみてきました。

日常で取り入れる色、そしてそれらが私たちに与える感情や霊的な覚醒について把握できたのではないでしょうか。

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