恋の不安は、心が「今」を離れているサイン

返信が来ないだけで胸がざわつく。

相手のちょっとした言葉の調子で、この関係は終わるのではないかと怖くなる。

過去の楽しかった記憶をなぞっては「あの頃はよかった」とため息をつき、まだ起きていない別れを想像しては心が縮こまる。

恋をしていると、心はいつのまにか「今ここ」から遠く離れてしまいます。

相手の心の内を探ろうとすればするほど、自分の足もとがおぼつかなくなる。

それはあなたが弱いからではなく、心のしくみとして自然なことなのです。

「過去を追わず、未来を望まず」

二千五百年以上前、釈迦は『中部』第131経「一夜賢者経(Bhaddekaratta Sutta)」で、こう説きました。

過去を追ってはならない、未来を待ち望んではならない。過ぎ去ったことは後にあり、まだ来ていないことは到っていない。今ここにあるものを、ありのままに見よ。

出典: 『中部』第131経「一夜賢者経(Bhaddekaratta Sutta)」

恋の不安がふくらむとき、私たちはたいてい二つのことをしています。

ひとつは、過去の幸せだった瞬間を思い出して「あのときはこうだったのに」と比べて苦しむこと。

もうひとつは、「このまま嫌われるのではないか」「この関係は続かないのではないか」と、まだ起きていない未来に怯えることです。

釈迦の教えは、きわめて実践的です。

過去はすでに過ぎ去り、未来はまだ来ていない。

だからこそ、いま目の前にあることだけをありのままに見つめなさい、と。

つまり、「相手が返信をくれない」という今の事実と、「相手は私のことを嫌っているに違いない」という想像を、切り離すこと。

不安はたいてい、事実ではなく、事実にのしかかった想像から生まれています。

跳ねまわる心を、矢師のようにまっすぐに

とはいえ、「過去を追うな、未来を望むな」と言われても、恋をしているときの心はそう簡単に言うことを聞いてくれません。

釈迦もそのことはよくわかっていました。

『法句経』「心」の章に、こう説かれています。

矢師が矢をまっすぐにするように、賢者は、守りがたく抑えがたい、震え動く心をまっすぐにする。

出典: 『法句経』第3章「心」第33偈(Max Müller訳, 1881年)

水から引き上げられて乾いた地面に投げ出された魚のように、心は煩悩の支配から逃れようと震えおののく。

出典: 同第34偈

恋に心を奪われているときのざわつきは、乾いた地面で跳ねまわる魚のようなもの。

それは「あなたが恋愛に向いていない」のではなく、心がもともとそういう性質を持っているからです。

二千五百年以上前から、人の心はそういうものだと見抜かれていたのです。

大切なのは、その跳ねまわりを「止めよう」と力むことではなく、矢師が矢をていねいにまっすぐにするように、そっと心を今ここに戻すこと。

力を抜いて、くり返し、やさしく。

今日からできる、心を地に足つける小さな実践

今ここに心を戻すために、難しい修行はいりません。

次の三つを、できるときにできるだけ試してみてください。

ひとつめ。

不安で胸がざわついたら、足の裏に意識を向けます。

床や地面に足の裏がふれている感覚を、ただ感じてみてください。

冷たいか、あたたかいか。

それだけで、遠くへ飛んでいた心が少しずつ体に戻ってくるのを感じられるはずです。

ふたつめ。

相手の気持ちを想像しそうになったら、「今、私は相手の気持ちを想像している」と、心の中でそっとラベリングします。

想像を止める必要はありません。

ただ「あ、いま想像しているな」と気づくだけで、事実と想像のあいだに少しだけすきまが生まれます。

みっつめ。

呼吸を三回、数えてみてください。

息を吸いながら「いち」、吐きながら「に」、吸いながら「さん」。

たったこれだけでも、不安の波にのまれそうな心が、今この瞬間の体の感覚につなぎとめられます。

これらはどれも「不安を消す」ためのものではありません。

不安があっても、それにふりまわされずに、ちゃんと地に足をつけて立つための小さな支えです。

あなたの心は、帰ってこられる場所を知っている

恋の不安は、それだけあなたが誰かを大切に思っている証でもあります。

その気持ち自体を否定する必要はありません。

ただ、不安が大きくなりすぎて、あなた自身が見えなくなるときがある。

そんなときは、どうか思い出してください。

心は何度でも、今ここに帰ってこられます。

過去の思い出にしがみつくのでも、まだ来ない未来に怯えるのでもなく、今のあなたの体と呼吸にそっと意識を向ける。

それだけで、恋という大きな波のなかでも、あなたは自分の足で立つことができます。

なお、恋にのめり込んで苦しいときの心のしくみについては、「恋に溺れて苦しいとき、「渇愛」から自由になる釈迦の心理学」もあわせてお読みいただければと思います。将来への漠然とした不安が気になる方は、「将来の不安に押しつぶされそうな夜に、今を生きる智慧」もご覧ください。

よくある質問

Q. 相手のことを考えないようにしても、すぐにまた不安になってしまいます。どうすればいいですか

A. 考えないようにしようとすると、かえってその考えにとらわれてしまいます。

「考えてはいけない」ではなく、「あ、いま考えているな」と気づくだけで十分です。

その気づきの繰り返しが、少しずつ心を今ここに戻す力になっていきます。

Q. 今ここに集中すると、かえって相手のことがどうでもよくなってしまいませんか

A. 今ここに心を戻すことは、相手への気持ちを消すことではありません。

不安にふりまわされている状態から、地に足のついた状態で相手を大切に思えるようになることです。

恋そのものではなく、恋にともなう過剰な不安を手放すための実践だとお考えください。

Q. どれくらい続ければ、心は落ち着いてきますか

A. 期間を決めず、「気づいたときに、できるだけ」を積み重ねることが大切です。

釈迦も弦を張りすぎてもゆるめすぎても良い音は出ないと説いています。

結果を急がず、毎日の小さな気づきを、ただ積み重ねていってください。

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