選べない苦しさの正体
転職すべきか、今のままでいいのか。
この道か、それともあの道か。
選択肢が多ければ多いほど、かえって一歩も動けなくなる。
そんな経験はないでしょうか。
動けないのは決断力がないからでも、優柔不断だからでもありません。
心が二つの極端のあいだで揺れているからです。
「こっちを選んだら間違いかもしれない」という怖れと、「まだ情報が足りないから決められない」という自分への言い訳。
このふたつのあいだで繰り返される迷いが、足を止めているのです。
二千五百年以上前、釈迦はこの心の状態を「疑い(vicikicchā)」と呼び、精神的な進歩をはばむ五つの障害のひとつに数えました。
疑いにとらわれた心は「危険な道を進む旅人のように」と伝えられます。
どちらへ進めばよいかわからず、結局その場から動けなくなってしまう。
まさに現代の私たちが選択肢の前で感じる、あの立ちすくむ感覚そのものです。
「善きことを急ぎなさい」、釈迦の教え
では、この迷いからどう抜け出せばよいのでしょうか。
釈迦は『法句経(ダンマパダ)』で、驚くほどシンプルな答えを残しています。
善きことを急ぎなさい。悪から心を遠ざけなさい。善きことをするのに遅い者、その心は悪しきことを楽しむのだ。
出典: 『法句経(ダンマパダ)』第9章「悪」第116偈(Acharya Buddharakkhita 訳、Access to Insight より)
ここでいう「善きこと」とは、壮大な偉業や道徳的に完璧な行いではありません。
今この瞬間にできる、小さなよい行いのことです。
そして「急ぎなさい」とは、頭のなかでシミュレーションを繰り返すのではなく、まず動くこと。
「今日できる小さな一歩」を、ためらわずに踏み出すことなのです。
同じ『法句経』には、こんな言葉もあります。
「わずかの善行など、私のもとには来るまい」と軽く考えてはならない。一滴ずつ滴る水滴も、やがて水瓶を満たす。同じように、賢者は少しずつ、善き行いでみずからを満たす。
出典: 『法句経(ダンマパダ)』第9章「悪」第122偈(同上)
あれこれ考えすぎて動けないとき、必要なのは「完璧な一歩」ではなく「一滴の行動」です。
小さな一滴が積み重なれば、やがて水瓶は満ちる。
中道の智慧とは、その「一滴目」を惜しまずに動き出すことにあるのです。
今日の小さな実践、「一滴の行動」を起こす
では具体的に、どうやって「一滴目」を動かせばよいのでしょうか。
今日からできることを、いくつかお伝えします。
ひとつめは「選択肢を半分に減らす」ことです。
五つの選択肢があるなら、まず直感で三つに絞る。
三つなら二つに。
完璧な選別ではなく、なんとなくでかまいません。
減らすことで「選べない」状態から「選べる」状態へ、心のギアを切り替えるのです。
ふたつめは「5分タイマー」です。
迷い始めたらタイマーを5分にセットし、鳴った時点でそのときの直感に従って一歩を踏み出す。
決めたあとで修正すればいいのです。
むしろ動いてはじめて、自分の選んだ道が正しいかどうかを確かめる材料が手に入ります。
みっつめは「小さく刻む」ことです。
「転職する」ではなく「求人を1件だけ見てみる」、「健康になる」ではなく「今日だけ5分歩く」。
一滴の行動は、どんなに小さくてもかまいません。
大事なのは「動いた」という事実を積み重ねることです。
もしあなたが「完璧に選ばなければ」と力んでいるなら、完璧でなければダメですか? 自分をゆるす「中道」のすすめもあわせて読んでみてください。自分をゆるすことが、迷いから抜け出す大きな鍵になります。
迷いのなかにも、智慧はある
迷うのは悪いことではありません。
それはあなたが真剣に考えている証拠です。
ただ、迷いのなかに長くとどまりすぎると、心は疲れ、動くためのエネルギーが少しずつ奪われていきます。
中道とは、極端と極端のちょうど真ん中を取ることではなく、どちらの極にも絡め取られずに自由でいること。
迷った先で「よし、とりあえずこっちでいこう」と自分を信じて一歩を踏み出す。
その瞬間、あなたの舞台の幕は上がり始めます。
よくある質問
Q. それでも選べないときは、どうしたらいいですか
A. 選べないこと自体が「いま動かなくてもいい」という自分の心からのサインかもしれません。
無理に決断せず、まずは情報を集める、誰かに相談するなど、行動を一段階だけ前に進める「準備の一滴」から始めてみてください。
選択肢はいつでも後から変えられます。
Q. 一歩踏み出したあとで、間違っていたら怖いです
A. 間違いを怖れる気持ちは自然なものです。
ただ、釈迦の教えでは、間違うことよりも何も動かないことのほうが、善きことを遠ざけるとされています。
一歩を踏み出して得られる経験は、たとえ失敗であっても次の判断を確かなものにしてくれる糧になります。
Q. どうしても優柔不断な自分を責めてしまいます
A. 決断に時間がかかるのは「慎重に生きている」ことの裏返しです。
自分を責める代わりに、今日ひとつだけ「一滴の行動」を決めてみませんか。
責めるエネルギーを動くエネルギーに変えるだけで、心は少しずつ軽くなっていきます。