わずか39年という短い生涯の中で様々な功績を人類に提供した天才パスカル。
フランスの哲学者であり自然哲学者、物理学者、思想家、数学者、キリスト教神学者、発明家、実業家でもあります。

パスカルの定理やパスカルの原理などの名前でご存知の方も多いかもしれません。
そんな自他共に認める天才パスカルが生前残していたパンセという哲学書があります。
パンセは哲学書として出版する前の準備段階でのパスカルの思考のメモとして綴られており、パスカルの死後に出版されました。
発見当時は924章からなるメモ帳で、1行で終わるものから紙にびっしり書かれた論文調のものまで様々ありました。
本日はそんなパスカルのパンセから人生を少し豊かにするための名言をシェアしていきます。
名言
ところで、原理を一つでも見落とせば、誤りにおちいる。
パスカル:パンセ(中央公論社:世界の名著翻訳)
だから、あらゆる原理を見るために、よく澄んだ目を持たなければならず、次に知り得た原理に基づいて推理を誤らないために、正しい精神を持たなければならない。
常に物事を自分で考える力について教えてくれます。
インターネットで情報が錯綜する昨今。
原理を見る目をしっかりと養えばおのずと真実は理解できるのかもしれません。
川は人が行きたいと思うところへ運んでくれる、進行する道である。
パスカル:パンセ(中央公論社:世界の名著翻訳)
自然の真理を解いたもの。
イギリスの詩人:ピート・シンフィールドのRiver Of Life〜(人生は川のようなもの)の歌詞を思い出させてくれます。
人生という川は人が行きたいとと思うところへ運んでくれるのですね。
雄弁は思想の絵である。
パスカル:パンセ(中央公論社:世界の名著翻訳)
だから、描き終わった後で、なお加筆する人は、肖像画のかわりに、装飾画を作ることになる。
これは様々な分野に対して教訓となる言葉ではないでしょうか。
肖像画が登場していますが、芸術全般も同じこと。
音楽や絵画は引き算の美学です。
足せば足すほどぐちゃぐちゃになっていきます。
言語というものは、文字と文字とが置き換えられているのではなく、言葉と言葉とが置き換えられている暗号である。
パスカル:パンセ(中央公論社:世界の名著翻訳)
したがって、未知の言語も解読可能である。
第一章に登場した原理を見落とさない澄んだ目があれば、考えることによって未知の言語も解読できるというわけですね。
パスカルがいかに高いIQで世界をみていたかが伝わります。
こぼすか注ぐかは、故意かどうかによる。
パスカル:パンセ(中央公論社:世界の名著翻訳)
シンプルでとても世界の本質を突いた言葉。
目の前で起こった現象に対して先入観で意思を決めてしまっていませんか?
あまり早く読んでも、あまりゆっくりでも、何もわからない。
パスカル:パンセ(中央公論社:世界の名著翻訳)
彼に酒をやらないでみたまえ。
パスカル:パンセ(中央公論社:世界の名著翻訳)
彼は真理を見出せなくなる。
あまり多くても同様。
思考や思想、生活のすべても偏りすぎると何もわからなくなります。
しかし私は、人間に他の同じように驚くべき驚異を示そうとおもうのであるが、それには彼がその知る限りのなかで最も微細なものを探求するのがいい。
パスカル:パンセ(中央公論社:世界の名著翻訳)
一匹のダニが、その小さな身体のなかに、くらべようもないほどにさらに小さな部分、すなわち関節のある足、その足の中の血管、その血管の中の血、その血の中の液、その液の中のしずく、そのしずくのなかの蒸気を彼に提出するがいい。
そしてこれらのものをなおも分割していき、ついに彼がそれを考えることに力尽きてしまうがいい。
こうして彼が到達できる最後の対象を、今われわれの論議の対象としよう。
彼はおそらく、これこそ自然の中の最も小さなものであると考えるであろう。
私はそのなかに新しい深淵を彼に見せようと思う。
単に目に見える宇宙だけでなく、自然について考えられる限りの広大無辺なものを、この原子の縮図の枠内に描き出してやろうと思うのである。
彼はその中に無数の宇宙を見、そのおのおのがそれぞれの天空、遊星、地球を、目に見える世界と同じ割合で持っているのを見、その地球の中にもろもろの動物、そしてついにはダニを見るがいい。
パンセの中でも論文調のものがあると紹介しましたが、もっともっと長いパンセもあります。
その中でも彼のこのフレーズは釈迦が悟った輪廻の哲学に通ずるものがあると感じますが、みなさんはいかがでしょうか。
そしてついにはダニを見るがいい。という最後のフレーズは非常に確信を突いたまとめ方。
パスカルならではの高い知性を感じます。
神学者であるパスカルの思想もしっかりと感じ取れます。
われわれは、あらゆる方面において限られているので、両極端の中間にあるというこの状態は、われわれのすべての能力において見出される。
パスカル:パンセ(中央公論社:世界の名著翻訳)
われわれの感覚は、極端なものは何も認めない。
あまり大きい音は、われわれをつんぼにする。
あまり強い光は目をくらます。
あまり遠くても、あまり近くても、見ることを妨げる。
話があまり長くても、あまり短くても、それを不明瞭にする。
あまり真実なことは、われわれを困惑させる。
私はゼロから4を引いてゼロが残るということを理解できない人たちがいるのを知っている。
第一原理はわれわれにとってあまりに明白すぎる。
あまりに多くの快楽は、不快にする。
あまりに多くの協和音は、音楽では、気にさわる。
あまりの恩恵は、われわれをいらだたせる。
われわれは負債を余分に償えるようなものがほしいのである。
極端な偏りに対するパスカルの思考をもう少し詳細に記したパンセ。
この世界はやじろべえのようなバランス力で動いている。
音楽一つとっても多くの協和音は音楽では気にさわるという思考は音楽家視点でみても同感です。
定めなさ。
人は、普通のオルガンを弾くつもりで、人間に接する。
それはほんとうにオルガンではあるが、奇妙で、変わりやすく、多様なオルガンである。(そのパイプは順に並べられていない。)普通のオルガンしか弾けない人は、このオルガンで和音を出せないだろう。
パスカル:パンセ(中央公論社:世界の名著翻訳)
(パイプ)がどこにあるかを知らなければならない。
オルガンという例えになっていますが、ピアノでも同様です。
ピアノは一定のルールで配置されていて、通常それが変わることはありません。
でも例えばドという音の鍵盤を弾いた時にミの音がなることを想像してみてください。
人間関係を築く上で人は本当に多種多様であり、鍵盤は決して順番に並べられていません。
それらを注意深く観察する、そして鍵盤の配置をしっかり覚える。
それはその相手のことを理解することであり、思いやることであり、知ることになります。
理解し、思いやり、深く知ることで初めて美しいメロディーとハーモニーを奏でられるようになるわけです。
人はみんな同じパイプの配置ではない。
恋人や家族、友人の配置をしっかり知ろうとしていますか?
われわれは絶壁が見えないようにするために、何か目を遮るものを前方においた後、安心して絶壁の方へ走っているのである。
パスカル:パンセ(中央公論社:世界の名著翻訳)
こんな経験みなさんもあるのではないでしょうか。
実はこの先には絶壁が待っていると知りながら知らないふりをして遮ってしまう。
健康管理もそのうちの一つかもしれませんね。
その不摂生の先に何が待っているか、本当は見えているのではないですか?
二つの行き過ぎ。
パスカル:パンセ(中央公論社:世界の名著翻訳)
理性を排除すること、理性しか認めないこと。
理性はとても大事なこと。
理性があるから人は獣ではないのです。
しかし理性しか認めないとせっかく人として生きているのに大切な感情を楽しむことができません。
理性と感情のバランスが高い知性を生み出すのかもしれませんね。
僕のもの、君のもの。
パスカル:パンセ(中央公論社:世界の名著翻訳)
『この犬は僕のだ』と、あの坊やたちが言っていた。
『これは、僕の日向ぼっこの場所だ』ここに全地上の横領の始まりと、縮図とがある。
そしてついにはダニを見るがいい。のフレーズにあったように、この世のすべては原子、素粒子であり、宇宙そのものです。
人間が奪い合い、取り合うのはなぜでしょうか。
釈迦の言葉でいうところの執着があるのかもしれません。
場所、物を取り合うことこそ、執着そのもの。
人が執着を手放した先には平和な世の中が待っているのかもしれませんね。
まとめ:発明家〜晩年まで
宇宙をも超越する無限の可能性と、受け入れるべき有限性を解いた”人間は考える葦である”という言葉も非常に有名な名言です。
1662年には「5ソルの馬車」と呼ばれる乗合馬車のシステムを考えパリで実際に創業し実業家としても名を馳せました。
当時は裕福な貴族が個人所有して移動するための馬車でしたが、現在の路線バスのように定期運行させ5ソルという低価格で乗り合い移動できるシステムを運行しました。
創業当時は人気を博したものの1677年に廃止。
パリで乗合馬車のシステムが再び始動するのは1828年になってからのこと。
時代を先取りしすぎたのかもしれませんね。
阪急・東宝グループ創業者である小林一三氏の言葉にこんな言葉があります。
百歩先の見えるものは、狂人扱いされる。
小林一三氏
五十歩先の見えるものは、多くは犠牲者となる。
十歩先の見えるものが、成功者である。
現在が見えぬものは、落後者である。
是非天才パスカルのパンセから人生を豊かにするヒントを得てください。
- こうたろう
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音大を卒業後ピアニストとして活動。
日本で活動後北欧スウェーデンへ。
アーティストLindha Kallerdahlと声帯とピアノによる即興哲学を研究。
その後ドイツ・ケルンに渡りAchim Tangと共にアルバム作品制作。
帰国後、金田式DC録音の第一人者:五島昭彦氏のスタジオ「タイムマシンレコード」にアシスタントとして弟子入り。
独立後音楽レーベル「芸術工房Pinocoa(現:Kotaro Studio)」を結成。
タンゴやクラシックなどアコースティック音楽作品を多数プロデュース。
大阪ベンチャー研究会にて『芸術家皆起業論~変化する社会の中、芸術家で在り続けるために』を講演。
その後、秋山庄太郎氏後継の写真スタジオ「村上アーカイブス」でサウンドデザイナー兼音響担当として映像制作チームに参加。
村上宏治氏の元で本格的に写真、映像技術を学ぶ。
祖父母の在宅介護をきっかけにプログラムの世界に興味を持ち、株式会社 ジオセンスの代表取締役社長:小林一英氏よりプログラムを学ぶ。
現在はKotaro Studioにて『あなたのためのアートスタジオ』音と絵をテーマに芸術家として活動中。
2023年より誰かのための癒しの場所『Curanz Sounds』をプロデュース。
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