頑張っているのに届かない
残業を終えてオフィスを出る。
今日も誰よりも長く働いた。
資料も期日より早く仕上げた。
なのに、先週のミーティングで評価されたのは同僚の小さな提案だった。
あなたは「私は見えていないのだろうか」と、コンビニの明かりの下で立ち止まる。
こんな夜は、ありませんか。
誰よりも頑張っている実感があるのに、それが誰にも届いていないように感じる。
努力のぶんだけ認められたいと思うほど、評価は遠ざかっていく。
あなたの仕事ぶりが足りないのではありません。
ここには、心の自然な仕組みが働いています。
なぜ自分の努力は見えないのか
行動経済学では、これを利用可能性と呼びます。
人は、自分の頭のなかで思い出しやすい情報ほど「よくあることだ」と判断してしまう傾向があるのです。
そしていちばん思い出しやすいのは、いつだって自分の経験。
昨夜遅くまでかけた修正も、休憩を削って直したあの資料も、あなたには手に取るように思い出せます。
けれど、上司や同僚の頭のなかには、あなたの残業も、削った昼休みも、入っていません。
彼らに見えているのは、あなたが会議で発言したこと、提出された成果物、チームでの立ち振る舞いだけです。
そのごく一部にすぎません。
このギャップに気づかずにいると、「これだけやっているのに」という思いが知らず知らず力みになります。
「認められなければ」と握りしめるほど、あなたの舞台は「評価されない私」の演目で固まってしまいます。
これが、願えば願うほど現実が止まる、心の対の真実です。
力みがスイッチを止めてしまうのです。
答えは「知る」こと
では、どうすればいいのでしょう。
答えは、あなたの努力を誰かに見せつけることでも、もっと頑張ることでもありません。
まず知ることです。
「いま私は、利用可能性というフィルターを通して世界を見ている」と。
自分の努力のすべてが他人に見えるはずがない。
それは自然なことなのだと知るだけで、力みはほどけ始めます。
次に、舞台の幕をそっと切り替えてみましょう。
「評価されていない」という演目から、「私の仕事は確かにここにある」という演目へ。
評価は追いかけるものではありません。
あなたが自分の仕事をしっかりと知っているとき、現実のほうから「そういえば、あの件助かったよ」という言葉を運んできます。
動くのは、いつだって現実のほうです。
あなたの役割は、力まずにスイッチを入れておくこと。
そのスイッチこそが「知る」ことなのです。
今日の実践
帰り道、あるいは寝る前に、今日やったことを三つだけ、そっと思い浮かべてみてください。
誰かに評価されたことではなく、あなたが「やった」と知っていることでかまいません。
メールを一通返した。
面倒な書類を片付けた。
同僚にコーヒーを入れた。
それでいいのです。
「ちゃんとやっている」と、あなた自身が知ること。
その知るという行為が、評価を引き寄せる最初のスイッチになります。
評価は、力んだ手のひらには乗りません。けれど、そっと開いた手のひらには、向こうからやってきます。力みと評価の関係については、「認められたい」の力みが消えると、評価は自然とやってくるでも触れています。「私はやっている」と知ることから、今日の舞台の幕を開けてみませんか。
よくある質問
Q. それでも上司に評価されないときは、どうすればいいですか
A. まず、あなたのしている仕事は上司に見える形になっているか、そっと点検してみてください。
見えない努力は、報告や共有という形で少しだけ可視化する。
それだけで、相手の利用可能性のフィルターにあなたの仕事が入りやすくなります。
そのうえで、評価を握りしめず、自分の仕事を知っている状態を保つことです。
Q. 同僚ばかり評価されて悔しいです
A. 同僚の評価が気になるのは自然なことです。
けれど、その思いに留まり続けると、「私よりあの人が上」という演目が固まってしまいます。
誰かと比べるのではなく、「私は今日、これをやった」と自分の仕事に目を向けてみてください。
比較から生まれる力みがほどけると、あなたの仕事は自然と見え始めます。
Q. どれだけ知っても、現実が変わらない気がします
A. 知ることが浅いと、スイッチは入りにくくなります。
「知っている」と頭で思うだけでなく、体で感じるまで深めてみてください。
今日の実践のように、やったことを具体的に三つ数え、胸のあたりがほっとするのを感じる。
その感覚こそが、場面を切り替えるスイッチの深め方です。