空虚な心におぼれるとき
心が空っぽに感じられる日はありませんか。
何かが足りないわけでもないのに、胸のあたりがぽっかりとしている。
予定はあって、やることもあるのに、どこか自分がここにいないような感覚。
それは、過去の悔いや未来への渇きに心の大部分を取られて、「今ここ」から切り離されているサインです。
「もっとああすればよかった」「これからどうなるんだろう」。
そんな思いが頭のなかをかけめぐるとき、私たちの心はいま目の前にあるものを受け取れなくなっています。
空虚感の正体は、「ない」ことではなく、「いま」にいないこと。
釈迦はこのしくみを、二千五百年以上前の『相応部』のなかで、見事に言い表しています。
過去を嘆かず、未来を求めず
林経(アランニャ・スッタ)と呼ばれるこの教えには、森で暮らす修行者たちの顔がなぜ輝いているのか、天の神が釈迦に尋ねる場面が描かれています。
食事も一日に一食、娯楽もない質素な暮らし。
それなのに、どうしてそんなにおだやかで澄んだ顔をしているのか、と。
釈迦の答えはこうです。
かれらは過去を嘆かず、 未来を求めない。 かれらは今によって生きている。 だからこそ、その顔は輝いているのだ。 未来を求め、過去を嘆いて、 愚か者たちは 青い葦が切り倒されるように、枯れしぼんでいく。
出典: 『相応部』SN 1.10「林経」(Thanissaro Bhikkhu 英訳より)
「今によって生きている」という言葉に、空虚感から抜け出す鍵のすべてが込められています。
過去の失敗や後悔を思い返すのに精一杯で、あるいはまだ来ない未来に期待と不安を寄せるのに忙しくて、私たちは「いま」という大地から根を離してしまっている。
その結果、青い葦が切り倒されるように、心はみずみずしさを失って枯れていくというのです。
逆に言えば、「今ここ」にそっと足をおろすだけで、心には再び水が通い、顔には輝きが戻る。
空虚感は欠陥ではなく、単に「戻ればいい」というやさしい道しるべなのです。
夜、将来への不安で胸がざわついて眠れないときも、同じ「今ここ」の智慧が助けになります。くわしくは将来の不安に押しつぶされそうな夜に、今を生きる智慧の記事もご覧ください。
今日の小さな実践、「ひと呼吸の帰還」
では、今日からできる、ほんの小さな実践をご紹介します。
「ひと呼吸の帰還」と名づけましょう。
やり方は本当に簡単です。
空虚感にふと気づいたら、その瞬間に、ただ一度だけ深く息を吸って、ゆっくり吐く。
吸うときに「いま」と心のなかでつぶやき、吐くときに「ここ」とつぶやく。
たったそれだけです。
大切なのは、「空虚感を消そう」としないことです。
消そうとするのは、また別の「未来への渇き」です。
「この空虚な感じ、いまもここにあるんだな」と、ただ気づいてあげる。
すると不思議なことに、気づかれた空虚感は、否定されたときよりもずっとおだやかに、心のなかでそのかたちを変えていきます。
何かを足して埋めるのでもなく、何かを無理に取り除こうとするのでもない。
ただ「今ここ」に気づきの灯をともすだけで、それまで空っぽに見えていた景色のなかに、手ざわりのたしかなぬくもりがあらわれ始めます。
「なんのために生きているのか」という問いそのものに疲れたときは、生きる意味がわからないあなたへ。苦から始まる本当の目的の記事もあわせてどうぞ。
よくある質問
Q. 空虚感が頻繁に訪れます。何かが根本的に間違っているのでしょうか
A. 空虚感は多くの人が経験する自然な心の状態で、何かが根本的に間違っているわけではありません。
過去の思いや未来への心配に気を取られて「今ここ」から離れているサインとしてとらえると、自分を取り戻すためのやさしい道しるべになります。
つらい状態が長く続くときは、誰かに話を聞いてもらうことも選択肢のひとつです。
Q. 「今ここ」に戻ろうとしても、すぐにまた考えごとをしてしまいます
A. それはごく自然なことです。
釈迦の教えでも、心が散るのは想定の範囲内です。
戻せなくなったことを責めるのではなく、「あ、また離れていたな」と気づいたその瞬間が、すでに「今ここ」への帰還です。
何度離れても、何度でもそっと戻ればよいのです。
Q. 空虚感を感じる自分は、何かが欠けているのでしょうか
A. いいえ、何かが欠けているわけではありません。
空虚感は「足りない」というより「今ここにいない」ことから生じる感覚だとされています。
釈迦の教えに照らせば、それは心の欠陥ではなく、過去や未来にさまよっている心が発する「帰っておいで」という合図なのです。
日々のなかでふと感じる空虚感は、あなたがどこか悪いのではなく、「今ここ」から少し離れてしまったことを教えてくれる、やさしいサインです。
そのサインに気づいたら、そっとひと呼吸。
「いま」「ここ」とつぶやいてみてください。
青い葦が水を得るように、あなたの心にも、あたたかなぬくもりが戻ってくるはずです。