眠れない夜、からだは休みたいのに
布団に入る。
からだはぐったり疲れている。
なのに、目を閉じると、今日あったことが次々と浮かんでくる。
「あのとき、ああ言えばよかった」 「明日の会議、大丈夫だろうか」
ひとつ思い返すたびに、眠気は遠ざかっていく。
気がつけば時計は二時を過ぎている。
こんな夜が続くと、眠ること自体がこわくなってくる。
あなたは、そんな夜を過ごしていませんか。
大丈夫です。
眠れないのは、意志が弱いからでも、心配性だからでもありません。
心の自然な性質が、夜になると顔を出すだけなのです。
眠れない正体は、過去と未来へ走る心
二千五百年以上前、釈迦は心の性質を、こう見抜いていました。
心は、とどめがたく、軽やかで、欲する所へと走っていくものだと。
心は、とどめがたく、軽やかで、欲する所へと走る。心を調えることは善いことだ。調えられた心は、安らぎをもたらす。
出典: 『法句経』第35偈(Max Müller訳, The Sacred Books of the East, Vol. X, 1881年)
「欲する所へと走る」。
この言葉が、眠れない夜の正体をそのまま言い当てています。
昼のあいだは仕事や家事に追われて、心は外へ向かっています。
ところが、布団に入って外の刺激が消えると、行き場を失った心は、内側へ走り始めるのです。
走る先は、たいてい二つです。
過ぎたことを悔やむ過去と、まだ来ないことを心配する未来。
どちらも「いま、ここ」ではありません。
からだは布団のなかに横たわっているのに、心だけが別の時間を旅している。
からだと心がずれたまま、眠りはなかなか訪れてくれないのです。
心というものは、もともとそういうものなのです。
釈迦はそれを二千五百年以上前に見抜いていました。
息は、いつも「いま、ここ」にある
では、旅に出た心を、どうやって連れ戻せばいいのでしょう。
釈迦が残してくれた、いちばんやさしい道しるべがあります。
呼吸です。
息というものは、過去を吸うことも、未来を吐くこともできません。
息は、いつも「いま、ここ」にしかありません。
だから、心が過去や未来へ走り出したとき、息に意識を戻すだけで、心もまた「いま、ここ」へ帰ってくるのです。
釈迦はこの呼吸への気づきを、弟子たちにこう説きました。
長く息を吸うときは「長く吸っている」と知り、長く吐くときは「長く吐いている」と知る。
短いときは、短いと知る。
ただ、ありのままの息を知るだけでいい、と。
この教えは、『中部経典』第118経の入出息念経に残されています。
ポイントは「変えようとしない」ことです。
ゆっくり呼吸しよう、深く吸おう、と力む必要はありません。
ただ、いま入ってくる息と、いま出ていく息に、そっと気づく。
それだけで、散らばっていた心が、ひとつの場所に集まってきます。
眠ろうと頑張るほど眠れないのは、眠ろうという力みが、かえって心を覚醒させるからです。
そうではなく、息に戻る。
戻っているうちに、心は自然と落ち着きを取り戻していきます。
眠ることを目的にしないことが、眠りへの近道なのです。
今日からできる、眠る前の小さな実践
今夜、布団に入ったら、ひとつだけ試してみてください。
まず、目を閉じて、からだの重みを布団に預けます。
肩の力が抜けたのを感じてから、鼻のあたりに意識を向けます。
次に、息を吸うときに「入ってくる」、吐くときに「出ていく」と、心のなかでそっと唱えます。
何か考えごとが浮かんでも、追い払う必要はありません。
「あ、考えていた」と気づいたら、また息に戻る。
それだけです。
最初のうちは、またすぐに明日のことが浮かぶでしょう。
それで十分です。
気づいて息に戻る。
この行き帰りを、夜ごとに繰り返すうちに、心は少しずつ「いま、ここ」へ帰ってくるのが早くなっていきます。
同じ悩みを、別の角度からお伝えした記事もあります。日中、自分を見失いそうになったときのお話は、「忙しい毎日で自分を忘れてしまうとき、ひと呼吸が連れ戻す「気づき」」に。夜に押し寄せる不安の正体は、「将来の不安に押しつぶされそうな夜に、今を生きる智慧」にまとめています。
眠れない夜が続くあなたへ。
眠ろうと頑張るのを、今夜だけは、そっと休めてみてください。
そして、ただ息に気づく。
そのひと呼吸が、あなたを「いま、ここ」へ連れ戻し、やがて安らぎの眠りへと招いてくれます。
よくある質問
Q. 呼吸に意識を向けても、余計に眠れなくなりませんか
A. 息を数えたり、深く吸おうと力むと、かえって頭が冴えることがあります。
大切なのは、変えようとしないことです。
ただ入ってくる息、出ていく息に気づくだけ。
力みが抜けると、心は自然と落ち着いていきます。
Q. 考えが浮かんでしまったら、失敗ですか
A. 失敗ではありません。
心が過去や未来へ走るのは、もともとの性質です。
浮かんだことに気づいて、また息に戻る。
この行き帰りこそが、呼吸への気づきの練習そのものです。
Q. どれくらい続ければ、眠りやすくなりますか
A. 期間はお約束できませんが、毎晩くり返すことで、気づいて戻るのが少しずつ早くなっていく方が多いようです。
眠れたかどうかより、息に戻れた回数が増えたかどうかで見るのがおすすめです。
眠れない夜を、自分を責める時間にしないでください。心の性質を知り、息に帰る。そのやさしい習慣を始めたい夜は、数秘で今日のヒントへどうぞ。